last updated 1997/09/15
第123話(全130話)
立ちはだかる闇(2/3)
ピートは頭上の天体図を見上げながら動けなかった。だからマリカたちが大広間に入ってき
た星読みたちを見て畏まるのにも気づかず、ひとりでボーッと天井を見上げていた。
「ピート」
名を呼ばれた。
それがフィンフィンの声ではないことにピートは気づいた。それは心ではなく、マスターの
聴覚センサーに響く声だった。つまり音として発せられた声だ。
え?
それが有り得ないことに気づいて、ピートはゆっくりと天井から声のほうへと目をやった。
ぼくの名を知ってるのはフィンフィンだけのはずだ。なのに、だれがいったいぼくの名前を呼
んだの?
呼んだのは星読みたちだった。
三人の老人が大広間のいちばん奥の扉から進み出て、ピートをみつめていた。おとぎ話だっ
たら、こういう老人たちは髭を生やし、長いローブのような着物をまとっている。けれど、そ
ういう魔法使いのような姿の老人たちではなかった。三人とも見事に剥げ上がった頭で毛が一
本もなく、目だけが大きくて、鼻や口はちいさい。背が低くて、マスターとほとんど同じぐら
いだった。つまりは一一○センチくらい。
子供のようだった。だが老人なのだと、見ればすぐにわかった。皺の多い肌が、そう教えて
いるのかもしれない。目に宿る深い知性の光が、そう思わせるのかもしれない。
魔法使い、というよりも、宇宙人みたいだ。
そう思い、そして天体図がぼくの見立てた通りの意味なら、もちろん彼らが、マリカも含め
て宇宙人であることに違いはないのだと気づいた。
「ピート。きみがピートだね?」
「・・はい」
うなずくマスターをマリカは唖然と見ている。ピートではなく、マスターです、と訂正した
い気持ちを彼女は必死に押さえた。場の雰囲気が余計な口出しを禁じていた。パピロでさえそ
れを察して口を閉ざしている。星読みたちはロボットから、赤い髪の女剣士へと目を向ける。
「そして、きみがマリカ、だね?」
「え、あ、はい」
応えると星読みたちはピートとマリカを均等にみつめたまま、しばらく動かない。彼らが動
かないからマリカもピートも棒立ちになったまま動けない。
やがて星読みたちは問いかけてきた。
「きみたちはここへ何しに来た」
「風に導かれました」
ピートとマリカと同時に応えた。ふたりの声が完全にシンクロしたので、ふたりは驚いてお
互いを見てしまう。ピートは目を星読みたちに戻して、今度はひとりだけで続ける。
「風の導く先で、ぼくはバァグと逢うことになっているんです」
「バァグが何者か、きみは知っているのかね?」
「噂は聞きました」
「恐ろしい噂だったはずだ。それでもバアグに逢うのか?」
「逢いたいと思っているのじゃありません。正直に言えば、逢いたくはないです。けれど風が
バアグへとぼくを導くのなら、ぼくには逆らえません。バアグに逢う必要があるんです」
「アーバムがそう言ったか? バアグに逢えと」
「バアグがお前を待っていると、正確にはそう言いました」
「・・そうか」
うなずくと、星読みたちはまたジッとピートとマリカをみつめて黙り込んだ。ふたりをここ
から先へと通していいのかどうか思案している様子だ。本来なら、こっから先へは誰も進んで
はならないのだろう。それが掟のようなものなんだ。
やがて星読みたちはうなずいた。
風が吹いているのだろう。ふたりをこの先へ導けと、風がピートとマリカの背後から、星読
みたちへと向けて吹き寄せているのだろう。
「ついて来なさい」
星読みたちは三人それぞれに回れ右をすると、ドアの奥へと戻って行く。迷ったが、他に選
択の余地はないと思い、ピートがまず足を踏み出した。マリカがその横に並び、フィンフィン
たちが後に続く。ルーワンだけがその場に残った。
ルーワンはケダックの掟を破れる立場にはなかった。彼は風に導かれたわけではない。なら
ば、ここより先はルーワンが足を踏み入れてはならない場所だった。
ドアをくぐると、大広間とはうって変わった狭くて薄暗い通路が続いていた。ジメジメと大
気が湿っていて、何だか嫌な匂いがする。石が腐っているのだとマリカは思う。あまりにも湿
気が多く大気が淀んでいるせいで、石までが腐ってボロボロに溶けているようだ。石ですら死
に行くこともあるのだとマリカは思った。そしてここが、死の気配が濃厚に漂う場所だと気づ
く。死体があるわけではない。ただ気配があるだけだ。大気が死んで行く気配。時間が死んで
行く気配。そんな見えないものの死がここには確かに満ちている。マリカはそう感じた。知ら
ぬ間に全身に鳥肌が立っていた。
マリカの隣で、ピートはギリシャ神話を思っていた。
真実を求めようとする者は、必ず地底へと導かれ、ハデスの支配する国を通り抜けなければ
ならない。ギリシャ神話はたいていそういう展開になる。ハデスの世界とはつまり冥界、死の
世界のことだ。神話の英雄たちは死の世界を通り抜ける、という通過儀礼を経て、はじめて求
めるものを与えられる。オズの国でドロシーが願いを叶えられる前に北の魔女を倒さなければ
ならなかったのと同じ、北の魔女、という死の世界の支配者を倒すことが、ドロシーの通過儀
礼だった。アリスは死刑だけを宣告する赤の女王と出逢うことで、はじめて現実へ帰還するこ
とを許される。おとぎ話もまた神話と同じように主人公に死の世界を通り抜けさせる。
童話を糧とした少年は、自分がいま、旅の終わりに近づいていることを察知した。
この大気さえ死に行こうとしている闇の通路こそが、自分に与えられた通過儀礼の場なのだ
と確信した。
(つづく)
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